供給リスクにどう備えるのか?

化学メーカーの調達先分散戦略
前回の記事では、化学メーカーを取り巻く調達環境が大きく変わっていることを紹介しました。
かつては「いかに安く買うか」が調達部門の最大の使命でした。
しかし、コロナ禍による物流混乱や地政学リスクの高まりを背景に、現在は「安定して調達できるか」が重要視されるようになっています。
では、企業は具体的にどのような対策を進めているのでしょうか。
今回は、化学メーカーが実践している代表的な供給リスク対策について解説します。
「最安値調達」が正解とは限らない
営業の世界では、
「より高い利益を生み出す販売活動」
が求められます。
一方、購買の世界では、
「より安く買うこと」
だけが評価されるわけではありません。
例えば、ある原料を購入する場合を考えてみましょう。
A社
- 価格:100円/kg
- 調達先:中国
- シェア:90%
B社
- 価格:120円/kg
- 調達先:日本
価格だけを比べればA社が有利です。
しかし、中国で環境規制が強化されたり、工場事故が発生したり、物流が停止した場合はどうなるでしょうか。
供給が止まれば生産も止まります。
100円で買えることよりも、
「確実に手に入ること」
の方が重要になる場面があるのです。
ここが営業と購買の大きな違いです。
購買担当者は何を見ているのか
営業担当者は顧客の課題を見ています。
では購買担当者は何を見ているのでしょうか。
実は価格以外にも多くの評価項目があります。
品質
規格どおりの品質が維持できるか。
安定供給力
需要急増時でも供給できるか。
財務体質
倒産リスクはないか。
生産能力
将来的な増産に対応できるか。
立地リスク
地震や洪水などの自然災害リスクはないか。
地政学リスク
輸出規制や国際情勢の影響を受けないか。
購買担当者は価格だけでなく、これらを総合的に判断しています。
言い換えれば、
「安い会社を選ぶ仕事」ではなく、「失敗しない会社を選ぶ仕事」
なのです。
対策① マルチソース化
最も代表的なリスク対策がマルチソース化です。
簡単に言えば、
複数の仕入先を持つこと
です。
例えば、
- 日本メーカー
- 中国メーカー
- 韓国メーカー
の3社から購入する。
あるいは、
- 主調達先
- 副調達先
を設定する。
こうすることで、一社でトラブルが発生しても供給を継続できます。
しかしマルチソース化にも課題がある
一見すると万能な対策に見えます。
しかし現実はそれほど簡単ではありません。
化学品の場合、
- 品質差
- 不純物差
- 製造条件の違い
によって最終製品に影響が出る場合があります。
さらに、
- 評価試験
- 顧客承認
- 在庫管理
などのコストも増加します。
つまり、
供給リスクは下がるが管理コストは上がる
のです。
対策② 調達先の地域分散
近年は中国一極集中からの脱却も進んでいます。
具体的には、
- 中国
- 東南アジア
- インド
- 欧州
- 日本
などに調達先を分散する動きが見られます。
もし特定地域で問題が起きても、別地域からの供給が可能になります。
ただし、
調達先を増やせば管理も複雑になります。
購買担当者には以前にも増して高い判断力が求められています。
対策③ 在庫戦略の見直し
かつて多くの企業では、
「在庫は悪」
と考えられていました。
在庫は資金を寝かせるためです。
しかしコロナ禍以降、この考え方は変わりました。
一定量の安全在庫を持つことで、
- 港湾ストライキ
- 船舶遅延
- 工場停止
などに対応できるようになります。
もちろん在庫コストは増えます。
だからこそ、
在庫と供給リスクのバランスを考える必要があります。
対策④ サプライヤーとの関係強化
意外に重要なのがサプライヤーとの信頼関係です。
需給が逼迫すると、
サプライヤーは限られた数量をどの顧客に優先配分するか判断する必要があります。
そのとき、
普段から信頼関係を築いている顧客が優先されることも少なくありません。
購買活動は価格交渉だけではありません。
長期的なパートナーシップも重要なのです。
調達とはリスクマネジメントそのものである
私は営業として多くの顧客と接してきました。
その中で感じたのは、
営業は未来の売上をつくる仕事であり、
購買は未来の供給を守る仕事だということです。
営業が1%売上を伸ばそうと努力する一方で、
購買は1回の供給停止で失われる売上を防がなければなりません。
だからこそ、
購買担当者は常に最悪のシナリオを考えています。
それは単なるコスト削減活動ではなく、企業経営に直結するリスクマネジメントなのです。
次回:どの調達先を選ぶべきなのか
調達先を増やせばいい。
在庫を増やせばいい。
話はそれほど単純ではありません。
リスク対策にはコストが伴います。
では企業は、
- 安さ
- 品質
- 安定供給
のバランスをどのように取っているのでしょうか。
次回は、化学メーカーが実践する「最適調達ポートフォリオ」の考え方について解説します。
筆者の視点
営業の世界には「売る技術」があります。
一方で、購買の世界は「失敗しない技術」と言えるかもしれません。
優れた調達担当者は、今日の価格だけではなく、3年後、5年後に起こるかもしれない供給リスクまで考えています。
だからこそ調達とは単なるコスト削減活動ではなく、企業の未来を守る重要な経営機能なのです。






