化学業界分析

なぜ三菱ガス化学は鹿島のポリカ工場を止めるのか?元業界関係者が考察してみた

ハーバー・ボッシュ

はじめに

三菱ガス化学(MGC)が鹿島工場のポリカーボネート製造設備を停止するというニュースを見たとき、私は少なからず衝撃を受けました。

私は商社勤務時代に、ポリカーボネート樹脂やポリカ向け添加剤の販売を担当していました。

当時は帝人、三菱ガス化学をはじめとする樹脂メーカーと取引があり、ポリカーボネートは将来性のあるエンジニアリングプラスチックの代表格という印象を持っていました。

だからこそ今回のニュースは、単なる工場閉鎖ではなく、日本の化学産業が大きな転換点を迎えていることを象徴する出来事に見えました。

この記事では、元業界関係者の立場から、

  • なぜMGCは鹿島工場を止めるのか
  • ポリカ業界で何が起きているのか
  • 今後のポリカ市場はどうなるのか

について考察してみたいと思います。


1. MGC鹿島工場停止の概要

MGCは鹿島工場のポリカーボネート製造設備の停止を決定しました。

停止後は、グループ会社である

  • タイ
  • 中国

の生産拠点から供給を継続するとされています。

つまり、

「ポリカ事業から撤退する」

わけではありません。

あくまでも

「日本で作ることをやめる」

という決断です。


2.私が最初に感じた違和感

ニュースを見た瞬間、率直に思いました。

「能力を減らして大丈夫なのか?」

と。

鹿島工場が停止すれば、生産能力は減少します。

顧客への供給は問題ないのか。

競争力は落ちないのか。

業界経験者であれば誰もが最初に抱く疑問だと思います。

しかし、少し考えてみると、この疑問自体が昔の業界の常識に引っ張られていることに気付きました。


3. 「37万トン作れること」に価値がなくなった時代

MGCの公表している生産能力一覧によると、

  • 鹿島工場:12万トン/年
  • Thai Polycarbonate Co., Ltd.(タイ):17万トン/年
  • 三菱瓦斯化学工程塑料(上海)有限公司(中国):8万トン/年

合わせて37万トン/年となっています。

つまり、鹿島停止後もグループ全体では

タイ17万トン + 中国8万トン = 25万トン/年

のPC生産能力が残ります。

MGCの判断は「数量競争力」よりも「収益競争力」を優先したものだと思われます。

化学メーカーの経営者の立場で考えると、

世界的に供給過剰なら、

「37万トン作れること」自体に価値がない

という考え方になります。

例えばPC業界では、中国メーカーの大型プラント新設によって世界の需要増を上回るペースで能力が増加しました。その結果、設備稼働率が低下し、固定費回収が難しくなっています。

競争力は落ちるのか?

競争力には2種類あります。

① シェア競争力

生産能力を減らすので低下します。

国内で何かトラブルが起きた場合、

  • 鹿島
  • タイ
  • 中国

の3拠点が

  • タイ
  • 中国

の2拠点になります。

供給余力は小さくなります。

② 収益競争力

むしろ向上する可能性があります。

例えば、

  • 鹿島製造コスト:200円/kg
  • タイ製造コスト:150円/kg

だった場合、

鹿島を維持して赤字で作り続けるより、

タイから輸入した方が利益は大きくなります。

多くの日本メーカーは近年こちらを重視しています。

もし市場全体が供給過剰なら、37万トン作れること自体に価値はありません。

重要なのは、

  • 何トン作れるか

ではなく、

  • 何トン売れて利益が出るか

です。

設備が余れば固定費負担が重くなり、むしろ競争力を失います。

現在のポリカ業界は、まさにその状況にあります。


4. 世界のポリカーボネート需給はどうなっているのか

ポリカーボネート需要そのものは消えていません。

自動車、家電、電子材料、医療用途など幅広い分野で使われています。

しかし、それ以上のスピードで世界の生産能力が増えました。

特に大きいのが中国です。

中国企業は大規模なポリカーボネート設備を次々と建設し、BPAからPCまでの一貫生産体制を構築してきました。

かつて輸入に依存していた中国市場は、自給化が進みました。

その結果、

  • 世界需要は増えている
  • しかし供給能力はもっと増えている

という状態になったのです。

MGCが見ているのは日本市場ではありません。

世界市場です。

世界市場で供給過剰が続く限り、能力削減という選択肢は合理的に見えます。


5. 中国の増設がポリカ業界を変えた

私が業界にいた頃、中国のポリカ市場はまだ成長市場でした。

しかし現在は違います。

中国は世界最大級のポリカ生産国になりました。

価格競争力も高く、多くのメーカーが厳しい競争を強いられています。

MGCの決断も、中国の能力増強と無関係ではないでしょう。


6. 帝人、出光、MGCを並べると見えてくること

今回のMGCだけが特別なわけではありません。

振り返ると、

  • 帝人の事業再編
  • 出光のポリカ・BPA事業再編
  • MGCの鹿島停止

は一本の線でつながっています。

共通するのは、

「日本で大量生産するモデルの見直し」

です。

企業によって手段は違いますが、方向性は非常に似ています。


7. ポリカ需要はなくならない

誤解してはいけないのは、

ポリカ需要がなくなるわけではないことです。

例えば、

  • EV向け部材
  • ヘッドランプ
  • ディスプレイ
  • 医療機器
  • 光学用途

などの需要は今後も期待されています。

問題は、

どこで作るか

です。

日本で作るより、タイや中国で作る方が競争力が高い。

MGCはそう判断したのだと思います。


8. なぜMGCはタイと中国を残したのか

鹿島工場を止めても、

タイ、中国の拠点は維持されます。

私はここにMGCの本音が見える気がします。

ポリカ市場そのものを悲観しているのではなく、

日本国内設備の採算性を厳しく見ているのです。

つまり、

事業の撤退ではなく、生産体制の最適化

ということです。


9. 元業界関係者として感じること

私が商社でポリカや添加剤を扱っていた頃は、

業界の話題といえば、

増設

新規グレード

新規用途

そんな話が中心でした。

まさか将来、

能力削減そのものが競争力になる時代が来るとは想像していませんでした。

しかし現在の化学業界を見ると、

重要なのは規模ではなく収益性です。

今回のMGCの決断は、その象徴のように感じます。


おわりに

MGCが捨てたのは工場ではなく、

「能力が大きいほど強い」という固定観念

なのかもしれません。

ポリカ需要がなくなったわけではありません。

日本で大量生産する時代が終わろうとしているのです。

そして今回のニュースは、その変化を象徴する出来事として、長く記憶に残るのではないかと思います。


出典・参考資料

  • 三菱ガス化学株式会社 ニュースリリース
  • 三菱エンジニアリングプラスチックス株式会社 公開資料
  • 帝人株式会社 統合報告書・事業紹介資料
  • 出光興産株式会社 ニュースリリース
  • 化学工業日報
  • 日刊ケミカルニュース
  • ICIS
  • S&P Global Commodity Insights
  • 各社IR資料・決算説明資料
  • 中国石油・化学工業連合会資料
  • 公開されているポリカーボネート市場調査レポート各種

この記事は、公開情報および筆者の業界経験をもとに作成しています。経営判断の背景については筆者個人の考察を含みます。

ABOUT ME
ハーバー・ボッシュ
ハーバー・ボッシュ
化学業界歴22年|化学商社・化学メーカー経験者
化学業界歴22年以上。 化学専門商社および化学メーカーで、調達・営業・輸出入業務に従事してきました。 基礎化学品、石油化学製品、肥料関連分野、サプライチェーン、化学メーカーの事業戦略などを中心に、実務経験をもとに情報発信しています。 ニュースの要約だけではなく、「なぜその出来事が起こったのか」「業界にどのような影響があるのか」を経験者の視点で解説しています。
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