営業には教科書がある。では購買の教科書はあるのか?
属人化する調達ノウハウと化学メーカーの課題
私は営業としてキャリアをスタートしました。
営業の世界には数え切れないほどの教科書があります。
マーケティング。
提案営業。
顧客心理。
交渉術。
プレゼンテーション。
営業担当者が成長するための理論やノウハウは数多く体系化されています。
しかし、ある時ふと疑問を持ちました。
「購買担当者には教科書があるのだろうか?」
化学業界で働く中で、多くの人が営業や技術、生産について学ぶ機会はあります。
しかし、
- どのように仕入先を選ぶのか
- どのように供給リスクを評価するのか
- なぜその会社を採用したのか
- なぜ2社購買なのか
こうした判断基準を体系的に学ぶ機会は意外と少ないように感じます。
むしろ、
「先輩から教わる」
「引き継ぎ資料を見る」
「実務の中で覚える」
というケースが多いのではないでしょうか。
営業スキルは公開される
営業ノウハウは基本的にオープンです。
書店へ行けば、
- 顧客開拓
- 商談技術
- プレゼン技法
- 交渉術
について解説した本が数多く並んでいます。
営業担当者は会社の外へ出て顧客と接します。
そのため営業スキルは比較的標準化しやすく、多くの企業で共有されています。
他社の営業手法を学んでも、大きな問題にはなりません。
むしろ学ぶことが推奨されています。
購買ノウハウは競争力そのものである
一方で購買は違います。
どの会社から原料を購入しているのか。
どのような基準でサプライヤーを評価しているのか。
どのようなリスク評価を行っているのか。
これらは企業の競争力に直結します。
だからこそ外部に公開されません。
例えば、
競合他社よりも有利な調達条件を持っている企業が、そのノウハウを公開するでしょうか。
おそらく公開しません。
結果として、
購買スキルは企業内部に蓄積されます。
そしてそれはマニュアルではなく、人の経験の中に蓄積されることが多いのです。
ベテラン担当者が知っていること
どの会社にも、
「あの人に聞けば分かる」
というベテラン社員がいます。
例えば、
- この原料はなぜA社を採用しているのか
- なぜB社は採用しなかったのか
- 過去にどの会社で品質問題が起きたのか
- なぜ安全在庫が決まっているのか
こうした情報は社内に残っていないことも少なくありません。
担当者の頭の中だけに存在している場合があります。
そして本人も、
「昔からそうだから」
としか説明できないことがあります。
しかし、その「昔からそう」が実は非常に重要な経験則であるケースも多いのです。
ベテラン退職で起こる問題
近年、多くの企業が直面している問題があります。
ベテラン社員の大量退職です。
もし、
重要原料の採用理由を知る担当者が退職してしまったらどうなるでしょうか。
後任者は、
- なぜその会社を採用しているのか
- なぜその価格なのか
- なぜ代替先を持っているのか
を理解できません。
結果として、
せっかく築き上げた調達戦略が失われる可能性があります。
これは設備老朽化や人手不足と同じくらい重要な経営リスクです。
AIでは解決できない問題もある
最近はAI活用への期待が高まっています。
確かにAIは、
- 価格分析
- 市場予測
- 需要予測
- 在庫最適化
には有効です。
しかしAIが学習するためにはデータが必要です。
ところが、
「なぜその判断をしたのか」
という経験則はデータとして残っていないことがあります。
例えば、
「20年前に供給停止を経験したから」
という理由で2社購買を続けているケース。
この情報が残っていなければ、AIも判断できません。
デジタル化の前に必要なのは、
ノウハウの見える化かもしれません。
これからの購買担当者に求められるもの
これからの購買担当者には、
価格交渉力だけではなく、
- リスク評価力
- 財務分析力
- サプライチェーン理解
- 地政学リスクへの知識
が求められます。
つまり、
「仕入れる担当者」
から
「経営を支える担当者」
へ役割が変わりつつあるのです。
購買にも教科書が必要な時代
供給リスクが高まる中、
企業はこれまで以上に調達力を求められています。
しかし、そのノウハウが属人化したままで良いのでしょうか。
営業には教科書があります。
技術者には専門書があります。
生産管理にも体系化された知識があります。
では購買はどうでしょうか。
私はこれから、
購買の世界でも経験や勘だけではなく、
体系的な知識の共有が重要になると考えています。
それは単に購買部門のためではありません。
企業の利益と安定供給を守るためです。
調達戦略の重要性が高まる今だからこそ、
購買にも「教科書」が必要な時代になっているのではないでしょうか。
筆者の視点
営業時代の私は、「どう売るか」を学んできました。
しかし調達やSCMを知るにつれ、「どう買うか」の方が実は企業経営に大きな影響を与える場面があることに気付きました。
優れた購買担当者は、価格だけを見ていません。5年後、10年後の供給リスクまで見据えて意思決定しています。
その知見が個人の経験の中だけに眠っているとしたら、それは企業にとって大きな損失です。
購買の教科書が必要な理由は、まさにそこにあるのです。
