見えない石油危機:マルチ、ハウス、米袋から読む日本農業のナフサ依存
中東情勢の緊迫化により、石油化学原料であるナフサの供給不安が意識されている。石油危機と聞くと、多くの人はガソリンや灯油を思い浮かべるだろう。しかし農業の現場で先に影響を受けやすいのは、燃料だけではない。畑を覆うマルチフィルム、温室の被覆材、肥料の樹脂コート、そして米袋や青果の包装まで、農業は多くの石油化学製品に支えられている。
政府は、代替調達や備蓄を通じて日本全体に必要な量を確保する方針を示している。一方で、農業の現場にとっては、特定の資材が予定どおり届くか、価格がどこまで上がるかがより切実な問題となる。
ナフサは何に変わるのか
ナフサは原油を精製して得られる石油製品で、エチレンやプロピレンなどの基礎化学品の原料となる。そこからポリエチレン、ポリプロピレン、塩化ビニルなどの樹脂がつくられ、フィルム、容器、配管、合成ゴム、接着剤、溶剤などへと加工されていく。
農業でいえば、マルチフィルム、ハウス用ビニール、灌水チューブ、育苗ポット、農薬容器、サイレージラップ、出荷用の袋やフィルムなどがその延長線上にある。ナフサの供給が不安定になると、全国一律で突然すべてがなくなるとは限らない。しかし、特定の規格品の納期が延びる、流通在庫が偏る、価格が上がるといった形で、現場に影響が現れやすい。
最初に揺らぐのは、マルチとハウス
農業用フィルムは、単なる消耗品ではない。黒いマルチフィルムは雑草を抑え、地温や土壌水分を管理し、露地野菜の生育を支える。ハウスやトンネルの被覆材は、低温、雨、風から作物を守り、安定した収量と出荷時期をつくり出す。
こうした資材が不足したり高騰したりすれば、農家は張り替え時期を延期したり、作付け面積や作型を見直したりせざるを得ない。特に影響を受けやすいのは、トマト、きゅうり、いちごなどの施設野菜、花き、果樹、そして春夏作の露地野菜である。
代替品を使えばよいようにも見えるが、現実は単純ではない。フィルムごとに強度、保温性、光の透過性、耐候性が違う。作物や地域、ハウスの構造との相性もあるため、「同じようなフィルム」への切り替えには事前の確認が欠かせない。
肥料はどう影響するのか
肥料については、少し整理が必要だ。尿素、りん酸、加里といった主要な肥料原料の供給や価格は、ナフサだけで決まるわけではない。天然ガス、鉱物資源、輸入国の政策、国際海運などの影響が大きい。
ただし、緩効性の被覆肥料には、肥料成分をゆっくり溶出させる合成樹脂の膜が使われている。ナフサ由来の樹脂供給が制約されれば、こうした製品では銘柄の変更や施肥設計の見直しが必要になる可能性がある。肥料成分そのものと、肥料を使いやすくする資材は、分けて考えるべきだろう。
収穫しても、包めなければ売れない
農業とナフサの関係は、生産現場だけにとどまらない。米袋、青果袋、食品トレー、ストレッチフィルム、発泡スチロール箱、PET容器など、農産物を傷めずに運び、規格どおりに販売するための資材にも石油化学製品が使われている。
包装資材が不足・高騰すれば、荷姿の変更、出荷の遅れ、コスト上昇が起こり得る。作物を収穫できても、包み、運び、売る仕組みが滞れば、農家の所得にはつながらない。食料生産は、畑で完結していないのである。
食料安全保障は、畑の外側にもある
食料安全保障を考えるとき、種、土、水、肥料に注目が集まりやすい。しかし、安定供給を支えるのはそれだけではない。農業用フィルム、包装、物流、化学原料まで含めた供給網が機能して、初めて農産物は食卓に届く。
ナフサ供給不安は、日本農業の石油化学への依存を浮き彫りにした。必要なのは過度な買い込みではなく、必要資材の在庫確認、早めの発注、代替品の事前検討、そして生産者・JA・メーカー・行政の間での情報共有である。見えにくい資材の安定供給こそ、これからの農業を守る基盤となる。
参考:農林水産省「プラスチック資源循環(農業生産)」、農林水産大臣記者会見(2026年5月)、経済産業大臣記者会見(2026年4月)
